数学カフェの中の人達のブログ

数学カフェの中の人達が記事を書きます。

【Topology for biology 1】アドベントカレンダー1日目

はじめまして。数学カフェを主催する中の人の1人のN氏です。(星新一っぽく。)

2015年3月からアットホームな数学の勉強会をはじめて、今年も多くの方に来ていただくことが出来ました。1年で多くのことを学べましたので、活動の記録を記録をつけるため、皆様に寄稿していただくことに致しました。本日12月1日からクリスマスの25日まで1日1記事ずつアップしていくアドベントカレンダー形式で、計25記事投稿する予定です。ぜひお楽しみに!

投稿された記事はこちらの Adventar で一覧出来ますのでご覧くださいませ。

adventar.org

1日目は、わたくしNが担当させて頂きます。どうぞよろしくお願いいたします。 本日の記事の概要は以下の通りです。

具体的な研究例の紹介は、次回私が担当する機会にお話させて頂き、本日は分野の概観をお話します。

数学カフェについて

数学カフェ、と検索すると、いくつかの主体が数学カフェを開催しているようです。(良いこと!) 我々は、2015年3月から都内にて活動を行っており、数学者の方や数学を深く学ばれている方をお呼びして、週末およそ半日かけて1つの分野の導入を学んでいます。素晴らしい講師の方々にお越しいただいているので、昨夏頃から講演の準備として予習会を開催するようになり、9月の千葉逸人先生のご講演の準備としては黒田成俊先生の関数解析を毎週読むという熱い会になってきました。。良いことです。。年内に12章まで終わります*1。気合。しかもこんな会に70人を越える方に来て頂き、予習会も50人申し込みがあるので、世の中には意欲がある人多いんだなぁ〜と嬉しく思っています。。会を重ねるごとに学び方もより深くなってきているように思うので、ぜひ来年ももっと進化していきたいと思っています。

数学カフェ数理生物回の実施について

数学カフェの参加者は社会人が多いため、数学と諸分野の連携が進むような会になることを期待しています。そこで、物理学と比較すればまだ新しい(1970年ごろから始まった)数学と生物学の学際領域に的を絞り、数理生物回も不定期に開催しています。今年の2月にその第2回が開催されました。内容についてはこちらを御覧ください。

connpass.com

今回の記事では、この数理生物回の振り返り&発展の一環として topology for biology をテーマにお話し致します。

Topology とは

瀬山士郎先生は、トポロジー:柔らかい幾何学の中で次のように述べています(一部改変)。

Topology は日本語では位相幾何学と約されていますが、ここでの位相とは、「位置と形相」を省略したものと言われています。つまり、topology とは、位置と形相(かたち、ありさま、など)の幾何学ということになります。つまりは形のことですが、形とはいったいどんなことを指していうのか、あるいは形の本質がどの辺にあるのか、このような問いに topology 全体が答えていると考えられます。

このように topologyとは、図形に連続な変形を施しても不変に保たれる性質を調べる学問です。輪ゴムをびよーんと伸ばしても、輪っかであることは変わりません。このような性質を調べることで例えば、一見異なるもの同士もそのつながり方(構造)を調べることで同一視することができます。たとえば、人同士のつながり方を表すネットワークの解析の理論を、化合物の原子同士のつながりを解析する理論に発展させることが出来ます。

歴史

Topology の発想は、一般には18世紀頃、L. オイラーによって解決されたケーニヒスベルクの橋の問題にまで遡るとされています。一筆書きの規則など、今日のグラフ理論的考察がなされました。さらにポアンカレは、微分方程式の解の大域的性質に関心を持ち研究を進める中で、topologyの基礎づけを与えました。すなわち、微分方程式の係数などが様々な変化をするときに、その系の安定性はどのように変化するのかを考察しました。そして1895年に「位置解析」という論文を発表し、今日ホモロジー理論と呼ばれているものの原型を与えました。これは、図形のつながり方を精密に調べたいときに図形に対応する量として群を用いる方法です。

微分方程式からトポロジーまで、かなり飛躍があるように思えますが、これはざっくりと次のように説明されます。まず、力学系とは「時間」「状態空間」「時間発展のルール」の 3 つ組のことを指します。差分方程式は離散的な時間の変化に対応した時間発展のルールを与え、微分方程式は時間が連続的に変化するときの時間発展のルールを与えます。この系の漸近挙動,すなわち時間が無限大へと発散するときの系の振舞いに着目した点こそポアンカレの大きな貢献の1つで、常微分方程式に登場するパラメーターが変化したときに系の安定性はどう変化するか(変化しないか)、といった観点から、状態空間など空間の不変量の研究が進みました。

1999年以降、Persistent homology また persisitence と呼ばれる、古典的なホモロジーの理論を点群(たとえば有限の距離空間)に対して当てはめるような理論がうまれました*2 。Persistenceはノイズのあるようなデータの集まりに対し、そのデータの形やサイズに関する不変量を与えます*3 。たとえば、データの集まりを見て、人間はうっすらと、円になっている、球になっているなどと全体的な形状を判断できますが、そのようなデータ全体が作る形の特徴を求めるような方法です。(方法の概要は、後半のtopology of viral evolutionのスライドをご覧ください。)

Topology と biology の関わり

生命(現象)に登場する幾何的な特徴としては次のようなものがあります。

(1) あるものが存在する量の変化(変化の周期的な挙動を円周上の点の運動などとみなせる)

(2) ものそのものの形

(3) もの同士のつながりが作るネットワーク

※ここでは、もの ={遺伝子・タンパク質などの高分子、ホルモンなどの化学物質、臓器、脳などの神経、生き物の個体、etc}とします。

特に、(1)はコンピューターでのシミュレーションが可能になり始めた1970年代ごろから数理生物学の研究が進められるようになりました。(ストロガッツ引用)先に述べたように微分方程式を用いた力学系の研究の背景には幾何学的知見が豊富にあります。また、周期的な現象を円周上の運動とみなして解明する、蔵本モデルなどのような数理モデルも研究されています。このあたりは数学カフェの予習会(力学系の基礎)でも少し触れました。(厳密には topology とは離れるかもしれませんが、歴史的経緯を踏まえてここで話ました。)

(2)様々な生命現象を理解する上で、ものの形を理解することは重要です。たとえば、生命の個体レベルで見れば、ダーウィンの進化論(自然淘汰説)(ダーウィン59)に基づけば、生存に有利な形状のくちばしを持った鳥の個体は、その形質を示す遺伝子が子孫に引き継がれやすくなります。さらにスケールを小さくして、体の中で起こる様々な化学反応は、それに関わる物質間の形状(と表面電化)がぴったり合う部分が結合して行われますし、遺伝子に異常があり、故にその物質の形に変化が起こった場合、反応速度が上昇/低下して、疾患を起こすことがあります。(薬は、作用させたい部位に対して適切な強さでで結合する類似の物質を作って反応を阻害/促進させるというような作用によってその効果を示します。*4

(3)ヒトゲノム全体に含まれる遺伝子数は2万2287個であるということが明らかになっています。*5遺伝子が持つ情報はタンパク質に転写・翻訳され、タンパク質としてその機能を果たします。これらの多数のタンパク質が更に様々な低分子の化合物などと反応して、生命活動を維持しています。このことから、生命現象に関わる因子が作るネットワークはとても複雑であることは容易に想像出来るでしょう。このネットワークのトポロジカルな性質と、そのネットワーク全体で生み出す力学的挙動(反応の周期性や安定性など)の研究もとても盛んに行われています。また、化合物の形態そのものを1つのグラフとみなし、その部分構造と化合物の様々な性質の関連を見出そうとする研究も進められています。

次回予告

次回、私が担当するアドベントカレンダーでは、以下の研究の具体例についてまとめます。まずは項目のみ挙げます。

物質の形態そのものの解析手法と、ネットワークの構造とダイナミクスの関係についてお話する予定です。

(1) Topology for structural analysis (2) Topology for dynamical analysis

(1) Topology for structural analysis

 (1-1) Topology of viral evolution*6

 (1-2) Fatgraph models of proteins*7

 (1-3) Topological feature of chemical compounds*8

 (1-4) Persistent topology of proteins*9

 (1-5) 結び目とDNA

(2) Topology for dynamical analysis  (2-1) Network structures and their dynamics*10

 (2-2) Theoretical approaches for the dynamics of complex biological systems from information of networks*11

参考文献

本日の記事を作成した参考文献です!

第一回さきがけ数学塾「力学系

http://www.jst.go.jp/crest/math/ja/suugakujuku/archive/text/1_Arai1.pdf

応用数学基礎講座10『トポロジー』(杉原厚吉著)

トポロジー (応用数学基礎講座)

トポロジー (応用数学基礎講座)

トポロジー:柔らかい幾何学瀬山士郎著)

トポロジー:柔らかい幾何学

トポロジー:柔らかい幾何学

非線形ダイナミクスとカオス(Steven H. Strogatz著  田中久陽・中尾裕也・千葉逸人訳)

ストロガッツ 非線形ダイナミクスとカオス

ストロガッツ 非線形ダイナミクスとカオス

リーマンからポアンカレにいたる線型微分方程式群論(J.J.グレイ著、関口次郎、室政和訳) この本面白かったです。ポアンカレのところしか読めていないですが、数論の方も力学系の方も、もしかしたらトポロジーの方も楽しめるかもしれません。。

線形微分方程式と群論

線形微分方程式と群論

明日は、twitterID: simizut22さんによるtropical curve の moduli の話(前編)です。お楽しみに〜。

*1:ただし5,6章は飛ばしています。フーリエ級数はざっくりとやりました。

*2:Frosini and Landi, 1999; Edelsbrunner et al., 2002; Carlsson and Zomorodian, 2005, Monod 2017

*3:Cohen-Steiner et al., 2007

*4:より具体的に言うと、たとえばワクチンは、悪い作用をする物質Aと類似の構造を持っていて、弱毒化させてあるような物質A'を投与して、予め悪い作用をする物質の形を認識して対抗できる抗体を作っておく、という仕組みです。

*5:https://kotobank.jp/word/%E3%83%92%E3%83%88%E3%82%B2%E3%83%8E%E3%83%A0-155530

*6:これは数理生物回で話しました。Persistent homologyが用いられています。 発表スライドを貼ります。

www.slideshare.net

*7:同様に、タンパク質を境界付き二次元の閉曲面で表し、その曲面のオイラー数、境界要素の数、種数で分類する研究手法もあります。 これは、タンパク質の構成要素である20種類のアミノ酸が持つ共通の構造と、アミノ酸間の結合部位に出来る平面に着目したモデルです。

*8:化合物の構造をグラフとみなし、その部分グラフと化学的性質の相関を調べる手法も見出されています。

*9:タンパク質の幾何学的特徴をPHで解析する手法もあります。

*10:先に挙げたように、生体内の物質同士のネットワークの幾何学的特徴と、ネットワークの力学的挙動の関連を調べる研究が近年盛んに行われています。その幾つかをご紹介する予定です。

Diversity of emergent dynamics in competitive threshold-linear networks: a preliminary report Katherine Morrison, Anda Degeratu, Vladimir Itskov1 & Carina Curto

https://arxiv.org/abs/1605.04463

線形の常微分方程式にthresholdを設けて非線形性を導入したモデルを考え、そのネットワークの安定性がネットワークのトポロジカルな性質に依存するということを示した論文です。

*11:概要:

近代生物学の研究の様々な知見から、多種の生体内の分子同士の相互作用を表す大きなネットワーク図を多数得ることが出来た。そのようなネットワーク上の分子の活性のダイナミクスが生物学的機能のを生み出すと信じられている。一方で、ネットワークに基づいた分子の活性のダイナミクスの理解はまだ限られている。この問題を解決するため、望月先生らのグループは定量的な値を詳細に仮定しなくてもネットワークの構造の情報のみに基づいて決定される力学的特徴の重要な性質を決定するような2つの理論を構築した。1つめの理論は制御ネットワークシステムのアトラクターを対象にし挙動の詳細を明らかにする。2つ目の理論は反応ネットワークの定常状態のみに適用される。

1つめの理論は Linkage Logic と呼ばれる。この理論は、制御ネットワークに含まれる分子のサブセットを決定し、システム全体のあらゆる長周期の力学的挙動が特定/制御される仕組みを明らかにするものである。これは幅広い常微分方程式(ODE)に対して適応できる。

2つめの理論は、Structural Sensitivity Analysisとよばれ、定常状態にある化学反応のネットワークの、反応速度の摂動に対する応答感度を決定するものである。これらふたつの理論はそれぞれ制御/反応のネットワークの力学的性質を明らかにするものである。